仕事が人生を侵食してきた
気がつけば仕事が生活の中心を占めるようになっていた。
だからなのか、ここのところ趣味と呼べるようなものが見あたらない。
昔は興味あった事が今ではそれほど興味を引かなくなってきた。
仕事が趣味、そうなってしまう前になんとかしたい。
個性とは好意的な視点で見れば長所、そうでなければ短所
社会人と呼ばれるようになって20年、職場で思ったことをそのまま口にするのは自分の首を絞める事になるのだな、とようやく気がついた。
だが、すでに手遅れ。リカバリは困難。さて、どうしたものか。
人によって態度が変わる事の何がいけないというのか
会社から数人の部下を持たされた。
部下は年上もいれば年下もいる、素直な人もいれば無愛想な人もいる。
そんな人達に仕事とはなんぞや、会社は君達にこれこれこういう事を求めている、と
聞かせるだけでなく、納得させ、実践させなくてはいけないらしい。
好きな本の一説に大学の教授が「さて、猿に論語を教えに行くか」みたいな科白があった。すかさず教授の助手が「それは猿に失礼です」と応えるやりとりが面白かったのだ。
今、僕としては部下が猿ならどんなに良かった事だろうと思ってやまない。
猿なら「猿ですからね、仕方ないですよ」と説明が出来る。
猿が人間に何かを教えるのはすごく大変な事なんだと、分かって貰いたい。
言葉は通じるが意味が通じていない。
聞く側にとって会議や打ち合わせは30分くらいが限界かもなと思った。
話してる方はどんどん熱っぽく語り出したり、説明したりするんだけど
逆に聞いてる側はどんどん冷めていく感じがした。
話し方や内容にもよるとは思うけど、最初から「自分には関係ない」と思ってる人に話を聞いてもらって且つ、理解を得るのは大変なんだな、と。
以前に「人に話を聞いて貰うにはその人の話にも耳をかたむけろ」と教わった事があるが、そもそもその当人が話をしてくれない場合はどうしたら良いのだろうか、アドバイスをくれた人に聞いておけばよかった。
書く
昨日と今日と明日の区別がつかないような生活を送っている。
毎朝きちんと起きて、出勤し、可もなく不可もなく与えられた役割をこなし、帰宅してネットして寝る。
そんな毎日をここ数年、過ごしている。
別にそういった日常に不満はない、でもごくたまに「このままでいいのかな」と思う。
だからちょっと普段と違う事をしてみようと思う。
単調な毎日に少し「考える」時間を作れば何か変わるんじゃないかと思って
てっとりばやく、無料で、しかもすぐにやめても痛くもかゆくもないブログを始める事にする。